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高松高等裁判所 昭和36年(ツ)28号 判決 1962年5月22日

上告人 被控訴人・原告 中野範統

訴訟代理人 西村寛

被上告人 控訴人・被告 西川正隆

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人提出の本件上告理由は別紙記載のとおりである。

原審が確定した事実によると、本件土地(高知県高岡郡佐川町四ツ白字浪滝二、〇三九番イ、山林一反歩)は、もと訴外下八川蘭次の所有であつたこと、蘭次は大正一〇年五月一四日死亡し、その家督相続が開始されたが、決定又は指定の家督相続人がなく、新民法(昭和二二年法律第二二二号)施行時まで家督相続人の選定もなされなかつたこと、蘭次死亡の時には、新民法の規定に基づいて遺産相続人たり得るものは同訴外人の弟訴外下八川音吉のみでその他に存在しなかつたこと、右音吉も昭和六年六月一二日に死亡し、同訴外人の長男訴外下八川好光が音吉の家督相続をしたというのである。

右の場合、蘭次の相続については民法附則第二五条第二項本文を適用すべき場合であるが、このように新民法施行前に二個の相続が開始し、前の相続について民法附則第二五条第二項により新法の規定を適用する場合に、その相続に関する後の相続についても同様に新法を適用すべきか(以下新法説という)或は同条第一項に従い旧法を適用すべきであるか(以下旧法説という)の点は一応問題の存するところである。

しかしながら、民法附則第二五条第二項の文理上からは、直ちに同項が右新法説のような趣旨の規定と解することはできず、むしろ、同項で規定する「その相続」に限り新法を適用するものと解するのが自然である。かつ、同条第一項が同附則第四条に規定する新法遡及の一般原則を排除し、応急措置法(昭和二二年法律第七四号)施行前に開始された相続については新法不遡及の原則を規定し、第二項において右相続に関する特例について更に例外の場合を規定しているのであり、以上のような諸規定の趣旨からすれば、応急措置法施行前に開始された相続については、原則として旧法を適用することにより既に開始された相続の状態を尊重し、ただ例外的に応急措置法施行前に開始した家督相続で、家督相続人を選定しなければならないのにこれを選定しないまま新法が施行された場合においては、あらためて旧法に従つて家督相続人を選定する手続をとることなく、その相続に関しては新法の規定に従い遺産相続として処理し、もつて家督相続制度の廃止にともなう過渡期の混乱を防止しようとの趣旨に出たものであつて、同条第二項の相続に関してのみその相続開始原因発生当時にあたかも新法が施行されていたと同様に取扱うことにして処理しようとしたに過ぎないものと解せられる。

新法説は、相続に関して家督相続を廃止し、遺産相続のみとした新法の精神に適合するようにも考えられるが、たまたま前の相続について新法を適用すべき場合であるからといつて、それに続く後の相続についてまでも、法律の規定を拡張解釈して附則第二五条第一項の相続についての新法不遡及の原則の例外を作り出すことは必ずしも適当とはいえず、又、右新法説に従つて、本件のような場合を律すると、音吉の死亡に因る被相続財産のうち、音吉個有の財産については好光が家督相続により全部承継し、音吉が蘭次から相続した財産については好光は他の相続人と共同相続をするという結果になり、包括承継たる相続の性質にそわない不合理を招くことになる。

これを要するに前の相続については、その相続開始原因発生時を基準として新法に従つて相続人を定め、従つて相続開始当時には生存していたが新法施行当時には既に死亡していた者もその当時相続したこととなり、その相続人に対する相続(後の相続)については更に同条第一項第二項の場合に分つて相続人を定めればよいわけである。

本件の場合においては、蘭次に対する相続については民法附則第二五条第二項本文の規定を適用し、新民法第八八九条第一項第二号の相続人である音吉が蘭次の遺産である本件土地を相続により取得し、音吉の死亡による相続については附則第二五条第一項により好光が家督相続により本件土地を取得したものというべきである。

なお、所論は民法附則第二五条第二項の規定は、新民法により生じた新しい事態を規定するもので、新法施行の昭和二三年一月一日という時期を区切り、同項で規定するような相続について旧法時に発生していた相続開始事由がその時に発生した場合と考え、その相続については総て新法を適用すべきで、本件土地の相続については総て新法を適用すべきであるというが、相続は相続開始原因の発生より直ちに開始されるものであつて、その時に被相続人に属する権利義務が一切相続人に承継されるものというべきである。この場合、何人が相続人として被相続人の権利義務を承継するかは法律の規定に従うべきで、民法附則第二五条第二項はこの相続人の定め方を規定したもので、所論のように相続開始原因の発生時そのものを前後しようとする規定であるとは到底解することはできない。所論は採用の限りでない。

以上説示のとおりであつて、原判決には何ら所論のような違法な点はないから、民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)

上告理由

第二審判決は「本件土地が元亡下八川蘭次の所有であつた事は当事者でも争いがない。右蘭次は大正一〇年五月一四日死亡し家督相続が開始したが、同人には法定又は指定の家督相続人がなく、新民法施行時までに家督相続人の選定もなされていなかつたことは当事者間に争がなく、従つて同人の相続に関しては新民法附則第二五条第二項により新法が適用されるものなるところ、新法による相続人としては当時同人の弟亡音吉の外に存しなかつたことは上告人の明らかに争わないところであるから、右音吉が右蘭次の遺産を相続したものといわねばならない。しかるところ、右音吉は昭和六年六月十二日死亡し家督相続が開始し、同人の長男好光が法定の相続人として家督を相続していること当事者間に争いがない。そうすると右音吉の相続取得した蘭次の遺産も同じく訴外好光が相続取得したものと云うべく、成立に争いのない甲二号証、原審証人下八川好光、同西川稔秋の各証言を綜合すると訴外好光は本件土地を亡音吉から相続により承継取得したものとして、昭和三五年二月一九日被上告人に対し金五、〇〇〇円で売渡し其の旨の登記がなされていることが明らかである。以上認定に徴すると控訴人は相続により本件土地を承継取得した訴外好光から、これを買受け適法に其の所有権を取得するに至つたものということができる」と認定し、更に「右音吉の死亡による相続については新法を適用する事なく、民法附則第二五条一、二項を適用して旧法によるべきものである」と認定して上告人の抗弁を排斥した。

然れ共右音吉の死亡による相続に関する法律適用につき判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈の違背があり第二審判決は破毀さるべきものである。

本件に於て蘭次は民法応急措置法前である大正一〇年五月一四日死亡したが同人の相続については相続人があるので旧民法によれば新民法施行後に家督相続人を選定しなければならない場合に該当するから新民法附則第二五条第二項により、新法を適用して音吉が相続することができる、然るに音吉も昭和六年六月一二日死亡したので相続が開始された、第二審判決は音吉死亡の際には、旧法による法定推定家督相続人たる好光が生存しているので相続人を選定すべき場合に該当しないので従つて附則第二五条二項の適用の余地なく同法第一項により旧法を適用すべきであると認定した。

然れ共民法応急措置法施行前に相ついで開始した二個の家督相続のうち、前者につき新民法附則第二五条二項本文により新法を適用すべき場合には後者に関してはたとい新法施行後旧法によれば家督相続人を選定しなければならない場合に当らなくても新法を適用すべきである(昭和二八年(ワ)第一四八一号同二九年四月一七日、名古屋地方裁判所判決)(下裁集五、四、五〇五)新民法は其の附則第一条により昭和二三年一月一日から施行せられ同附則第二十五条第一項本文により応急措置法施行前に相続が開始し、新法施行後に旧法によれば家督相続人を選定しなければならない場合に、その相続に関しては新法を適用することになつたことは新法の制定により生じた新しい事態であつて、新民法施行の昭和二三年一月一日の一時期を区切り旧法時に発生した相続開始事由がその時に発生した場合と考えその相続については其の後総て新法を適用すべきものと規定し旧法による家督相続を含めた相続を認めないで新法による遺産相続のみを認めたものである、先に死亡した蘭次の相続については新法、その後死亡した音吉の死亡については旧法を適用することは徒らに事態を複雑にし、新法附則の趣旨と反する。

よつて前述の如く第二審判決が音次の死亡について旧法を適用し、新法を適用すべきものに非らずと認定したのは法律の解釈を誤つた違法があるので破毀さるべきである。

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